おいでんさんそんセンターのセンター通信ブログ

11/15,19 第4期半農半林塾 説明会を開催!

2017年09月28日

イベント名

第4期半農半林塾 説明会を開催!

日 時

2017年11月15日(水)10:00~12:00
2017年11月19日(日)10:00~12:00(いずれかご都合のいい日にご参加ください)

場 所

築羽農村環境改善センター(築羽会館)に集合(住所 豊田市槙本町落合11)
*説明会のあと山に入りますので動きやすい服装と足回りでお越しください。

半農半林塾のについて

森が好きな人、農的暮らしをめざす人、農閑期の冬の時期にパートタイム的に山しごとをしたい人、歓迎!

冬に山仕事をして森の恵みを得ませんか?!
得られます!間伐の理論と技・間伐材・間伐補助金・心身のリフレッシュ!

初心者は3日間(1日6時間程度 18時間)は研修期間で基本的な作業技術などを身に付けます。
その後は実践に応じて報酬があります。2015年の実績はヒノキ間伐1本338円、時間あたり271円~507円でした。

◆開催期間・・2017年12月~2018年3月頃
(月に8回程度実施予定、そのなかで都合がつくときに研修や実践に参加して頂きます)

◆研修実践内容・・人工林の間伐(ヒノキ)

◆研修場所・・豊田市旭八幡町(旭地区)の山林

◆参加費・・無 料
 

申し込み・問い合せ先

参加希望のかたは、お名前・お住い・電話番号を、をメールかFAXでご連絡ください。

おいでん・さんそんセンター
TEL:0565(62)0610
FAX:0565(62)0614
Eメール:sanson-center@city.toyota.aichi.jp
担当 坂部、鈴木
 

募集チラシ


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チラシ PDF 207KB

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市農山村定住応援住宅「エビネの里」入居者募集中

2017年09月28日

市農山村定住応援住宅「エイネの里」の入居者を募集しています。
豊かな自然環境と里山の美しい景観に恵まれた敷島自治区で、地域に根ざした生活をしませんか?
旭・足助・稲武・小原・下山地区に定住を希望する人、同地区内で就労しているが住宅がないために地区外に居住している人などが優先して選考されます。
申込受付期間は平成29年10月27日(金)~11月10日(金)【土日・祝日を除く】で、次の全てに該当する人が対象です。
 ① 主たる生計維持者の年齢が45歳未満
 ② 単身者か同居する親族がある(単身赴任不可)
 ③ 現に住居に困っている
 ④ 市町村税の滞納がない
 ⑤ 暴力団員でない

所在地は豊田市杉本町仏田27番地1の木造2階建て1戸(2DK)です。
詳しくは、
豊田市ホームページへhttp://www.city.toyota.aichi.jp/kurashi/sumai/teiju/1011848.html"><

家賃等:
・家賃 1カ月 19,000円(共益費含む)
・駐車場使用料 1ヶ月 1台1,000円
・敷金 57,000円
・ケーブルテレビ維持管理費 1ヶ月540円

申込書 配布場所:
足助・旭・下山・稲武・小原・藤岡の各支所
定住促進課及び豊田市営受託管理事務所

申し込み・問い合わせ先は
愛知県住宅供給公社(豊田公営住宅センター内)
豊田市営住宅管理事務所 豊田市喜多町6-3-4 
電話:0565-36-0655   (9:00~16:30)
※選考委員会  申込者が募集戸数を超える場合のみ開催


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関連タグ:募集 旭地区,エビネの里 

とよたNOWで放映されました。

2017年09月27日

ひまわりネットワークさんの「とよたNOW」9月14日のニュースで、一般社団法人おいでん・さんそん法人化記念シンポジウムの様子をご紹介いただいております!(田中)
※豊田市の公式WEBサイトのニュースページから、ご覧いただけます。
http://www.city.toyota.aichi.jp/toyotanow/2000140.html
(ページ内9月14日放送分)

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法人化記念シンポ第2部の討論会、全文掲載!

2017年09月26日


9月13日(水)に行った一般社団法人おいでん・さんそん法人化記念シンポジウム第2部の討論会「持続可能な社会に向かって」の記録を全文掲載します。
コーディネーターは、名古屋大学教授の高野雅夫さん、パネラーは、基調講演講師の内山節さん、Iターン移住者の戸田育代さん、認定NPO共存の森ネットワーク理事長の澁澤寿一さん、太田稔彦豊田市長、一般社団おいでん・さんそんの代表理事の鈴木辰吉です。

討論会『持続可能な社会に向かって』

高野:先ほど、内山先生からとてもいい話をいただきました。今日はおいでん・さんそんの法人化シンポジウムで、これから豊田市の農山村中心にどんな地域づくりをしていくかというご関心の方が多いと思います。このいまからのパネルディスカッションは、内山さんのお話を自分たちに消化して、暮らしなどに生かすための腹ごなしをする時間にしたいと思います。壇上に上がってもらっている皆さんは、会場の皆さんを代表して、内山さんの話を明日からどう生かしていくかという観点でお話していただきたいと思います。
今日檀上に上がっていらっしゃる皆様は、大変多才で、もちろん市長もいらっしゃいますが色んなかたに登場していただきましたので、自己紹介を兼ねて、それぞれの立場で今どんな活動や暮らしをしていて、その中で特に気が付いていることについてお話いただきたいと思います。内山さんのお話でも、ヨーロッパのお話を中心として、最近新しい動きがあるんだなと思いました。僕は日本国内、特に中部地方しか見ていないですけれど、それでもすごく大きな変化が農村のほうにあることを感じているんですけれど、それに先んじてヨーロッパのほうで色んな事が起きてたんだなぁと感じました。いま日本の農山村で今新しい動きがどんどん出てきているので、今日檀上に上がる皆さんも日々それを感じていらっしゃると思いますので、その辺の紹介を含めてお願いしたいと思います。まずは、鈴木さんにお願いします。
鈴木:市役所の職員を定年退職後、おいでん・さんそんセンターを立ち上げて、今年法人にしました。住まいは、豊田市が合併する前の旧旭町でございますのでもともと山に暮らし、現在も暮らしています。そんなことがあってセンターという仕事をやっているのだと思います。ヨーロッパから山村地域に目を向けていただきたいと思います。豊田市は人口ビジョンで見ますと、2030年まで今後も人口が増え続けていくんですが、実は山村地域だけ切り取ってみますと、そこには5%の人が住んでいます、約2万人。それがこのグラフにございますように、合併後10年間で激減しています。合併前の減少率は8.6、合併後は14,2%ということで加速しています。OSCができたからそれが止まったかと言うと残念ながらそうではなくて、左端に書いてありますように今もなお減少が続いている現状がございます。そんな中で、山村への移住者が空き家情報バンクを豊田市が作って、ここでは企画書の提出は必要ないんですが、地域面談があって、やはり審査をうけて入っていただきます。それがこの7年で157世帯403人という多くの方が移住しています。よそ者と地域がつながることで新しい価値が生まれるという事例がございますので紹介します。

【この続きを読まれる方は、下記pdfをダウンロードください】


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法人化記念シンポジウム 内山節さん基調講演全文!

2017年09月21日


9月13日(水)に行った一般社団法人おいでん・さんそん法人化記念シンポジウムの基調講演で哲学者の内山節さんにお話いただきました。
今の時代が「個人で生きる社会」から「共に生きる社会」への移行期であること、また地域社会の中で役割を持ちながら皆で地域を作っていくというローカリズムは、フランス・イタリアでも顕著に現れている。アメリカやイギリスでは持続する会社になるために「従業員共同収入事業体」という企業形態が増えていることを具体例を挙げてお話くださいました。これからは、日本のそれぞれの地域が特徴を持った地域の作り方について、住民主導で方向性を見つけていくことが重要で豊田市も例外ではないと言われていました。

この大変濃い講演内容、ぜひ多くの方に知っていただきたいと、内山さんに相談しましたところ、特別の許可をいただき、全文書き起こし&公開させていただけることになりました。

16ページの長編となりましたので、冒頭の部分のみ掲載し、続きを読まれる方については一番下にあるpdfを開いてくださいますようお願いします。

内山節さん基調講演内容

50年近く前に、群馬県の上野村を通過した。とってもいい感じがする村だった。それ以降しばしば滞在するようになりました。そのうち住むのもいいかなあと思ったが、仕事の都合もあり1年じゅう住むわけにはいかない。村にいたり東京にいたりという生活を続けています。上野村は、8月のお盆の頃になると日航機が墜落したというニュースが出てくる。その村です。上野村と比べると足助が都市に見えるくらい、山奥です。村の中に水田が一枚もないというそういう村。かつては養蚕が中心でそれなりにやっていた村。村の96%が森林。

明治になって上野村ができてから、一度も合併したことがない。現在の人口が1256人くらい。上野村ができた時は1000人くらい。今の人口で多いか少ないのかよくわからない。1256人といっても260何人かは、Iターンの人ということになる。人口の2割以上はIターン。村の人間はIターンという言葉は使わない。というのは、元から地域社会には外から入ってくる人がたくさんいた。例えば、お嫁さんはどこからきたのか。村の中からお嫁さんが来たというケースもあるが、結構村外から来てますし、かつては養子という形で外から男の人が入ってくることもたくさんありました。だからIターンは新しい現象ではなくて、昔から外から人が入ってきて、時にはお嫁さんだったり養子さんだったり。昔は行商やなんかで村に来て住みつく人もいました。地域社会というのはそうやってできていくもんで、今日Iターンとわざわざ言うのも変な話で、村のなかでは使わない言葉ではあります。ただうちの村でIターンの人がかなり多いのは確かで、農山村という場所は、安心はできないんだけれど、比較的よそからは持続性のある村というふうに思われている。高齢化率は38%くらいあるけど、比較的若いひともいて、だいたい1200人くらいの村だと、新生児は1人か2人しか生まれないのが、うちの村はだいたい10人くらい。群馬県の市町村の中では、別に結婚しなければいけないわけではないんだけれども、婚姻率も1位。出生率も2.2ある。群馬県内で1位。どっちかというと比較的なんとかなりそうな村と思われている。もちろん今の状況ですから、何といっていてもたちまち窮地に陥るというようなこともありますけど。

もうひとつ自慢話的に言うと、1年半くらい前に、中学生の意識調査を教育委員会がやって、その質問項目のなかに、「将来どこで暮らしたいか」というのがあった。関東の村ですから、東京が相当いるだろうなと。群馬県内にしても、高崎とか前橋とか、さらに今日の状況ですから、少数派としてはニューヨークとか、そういうことを言う子も若干いそうだと思っていたところ、アンケート結果を見たら100%上野村と答えて、僕らの方が「え!ひとりも出て行かないの?」とそんな感じ。あてにはならないと思っていますけど、今のうちの村はそんな感じがあって、経済的には決して豊かではない。貧乏な村といっても構わないと思うんですけど、村の雰囲気としては、ここが暮らすのに一番いい村、そんな雰囲気が村中に広がっていることもあります。

50年近く前に上野村に出会ったときと比べると、いろんなことが変わってきている感じがする。当時は、山村は「暗い社会」というイメージが強かったし、封建的なものが残っているみたいな言われ方をすることがよくあった。今日は、山村は「色んな歴史や人間たちの知恵や技や色んなものが残っていて、むしろ結構おもしろそうな場所」というふうに見る人が多くなってきた。村のほうも随分変わってきて、僕の村でいうと2割強がIターンのひとたちということになる。比較的早くからそういう人たちが入ってきたところ。そういう地域としては、そろそろIターン的なひとたちの勧誘の仕方も考えていかないといけないかなと、そういう時代にちょっと入ってきているかんじもある。うちの村ですと1980年くらいからIターンという形で入ってくるひとたちがいたんですけど、当時は村に引っ越してくることはハードルが高かった。例えば上野村に引っ越したいなんて言ったって、周りのひとは皆反対する。そういうなかで押し切ってこないといけない。そうすると色んなことを考えて、色んなことを決意してというかんじで入ってきたんですけど、最近のひとは、「田舎暮らし」ということがごく普通の現象になってきた。そのために結構ハードルが低い形で入ってくるかんじに移ってきた。逆にうちの村は、最近入ってきたひとがまた村外に出ていくというケースがちょっと増えてきたというかんじ。昔入ってきたひとは、しっかり残っていて、つまりハードルが低くなってきているもんだから、ふらっと気軽に来て、来てみたら自分の予想と違うことがある、そうすると気軽に出て行っちゃう。それから、もっと条件のいいところを探して就職活動のように引っ越してしまうひととかというのが若干発生している。Iターンのひとたちからも「Iターン政策をそろそろ考えなおすべきだ」という意見が出てきている。村に来て何がしたいのか、というので入ってきてくれないと「田舎暮らしがしたい」という人はもういいんじゃないかということを、うちの村でも言っているし、よその村でも出始めている。一番すごいなぁと思うのは、徳島県の神山町とか、島根県でもありますけど、そういう一部地域では、Iターンで来たいという人に対して「村に来て何がしたいのか、企画書を持ってきてくれ」。面接やったうえで「この人大丈夫」となると、「来てくれ」と。企画書があやふやで「田舎暮らし希望」のような人は、「結構です」というような地域がではじめている。雰囲気が変わってきているんで、地域社会の側も何か考えなければならないというふうになって来ている。

山村と、山村を取り巻く状況はそんなふうに、結構激しく変動しているという気がしていて。地域社会の在り方自身はそんなに変わっているわけではないんですけれど。山村をとりまく状況や、人々の山村への視点とか、それに対応したやり方をそろそろ考えなきゃいけないかという時代に来ています。



1.はじめに
―個人の競争をとおして豊かな社会をつくるという考え方は、何をもたらしたのか

近代社会というのは、個人が競争を通して、結果社会全体が豊かになっていくというモデルで動いていた。しかしそれが今になってみると本当だったんだろうかという疑問が出てきている現状。歴史をふりかえってみると、ヨーロッパにおいて近代社会が形成されてきたのは18世紀。その時期をみていくと、ひとつのことをめぐって結構大きな対立があった。人間たちは個人として自己を確立して、個人として働いて、個人としてがんばって、それを理想とする考えだった。でもそうではない考え方もたくさんあって、色んな意味で共に生きるという方法を考えるひとたちがいた。協同組合が生まれてきたり、初期の労働組合も共に生きるっていうことを考えながら組織を作っていった。

2.個人の社会に対する幻想はなぜ成立したのか
―ヨーロッパ近代形成期の「個人」と「協同」の対立

ヨーロッパの近代形成期は個人の社会を目指そうとする動きと、個人の社会になってはいけないという、むしろ人間たちはともに生きる世界を作らなきゃいけないという2つの考え方が対立しながら展開したというのがこの時期の動きだったという気がします。ただ、その後の歴史をみていくと、個人として生きていくということが色んな問題があったにも関わらず、問題が顕在化しなかったと言ってもいい。

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