市外
2015.10.28

「あいち観光まちづくりゼミ」モニターツアー、「自然と暮らす体験〜猟師と歩くかつて最小の村とみやま〜」に参加しました。

10/22(木)
あいち観光まちづくりゼミ”で、ゼミ生企画が採択されたモニターツアーに参加しました。
企画名は「自然と暮らす体験〜猟師と歩くかつて最小の村とみやま〜」。“とみやま”は愛知県最北端に位置し、離島を除くと日本で最も人口の少ない村でした。約10年前の2005年11月25日に豊根村に編入し、現在は豊根村大字富山となっています。東側は静岡県浜松市天竜区、北は長野県下伊那郡天龍村と隣接しており、最寄り駅は静岡県側の大嵐駅(おおぞれ)で、豊橋駅から2時間半〜3時間掛かります。


まち歩きツアーですが、まずは豊橋駅から電車に乗り、東栄駅で合流した飯田線マイスターの話を聞きながらローカル線の旅です。
大嵐駅に到着後、入村式で歓待を受け、ウァーキング出発地点まで車で移動し、地元の方による“とみやま”の説明を受けました。最も大きな出来事は1955年の佐久間ダム建設で、役場や郵便局もあった富山村の中心部が水没し、今まで水運で繫がっていた暮らし方も変わってしまったそうです。最盛期1,000人もあった人口は、2015年4月現在53世帯、99人だそうです。
山肌にへばりつくような家々は、急斜面に石垣を築いて平場を作って家を建て、傾斜のある畑でお茶や果樹を栽培しています。家まで荷物を運ぶモノレールのある家もありました。

そんな家並みを廻るように階段や細い路地が続きます。家の軒下を通らせて頂くのですが、そこも村道なのだそうです。軒下を通らせて頂いた独り暮らしのともこおばあちゃん(83歳)はお元気そうですが、後で地域の方に伺うと「富山では元気で無いと暮らせない。車椅子も使えない山での暮らしなので、寝たきりになると施設に入らないといけないですから」とのお話でした。「病院や医者も遠いし、救急車を呼んでもすぐには来てくれない。皆、健康には気をつかって暮らしている」そうです。

家々を廻る路地には、木が邪魔をしてしゃがまないと通れない箇所がありますが、この木は山の神様の木なので切れないのだそうです。村の暮らしは、人だけで無く、ご先祖様や神様とも一緒に暮らす事が当たり前を感じる事ができました。


山村留学で使われていた清山荘で一息入れて、熊野神社で「くくり罠」の体験です。地元猟師さんの指導の下、くくり罠を架設してみます。ついでに罠にかかる方も体験してみます。大物が穫れました。(笑) 音は大きいですが痛くは無く、良く考えられているものだと感心しました。
また、熊野神社の造りが独特で、以前は土間で歌舞を奉納していた場所に床を張って囲炉裏を切ってあるそうです。


さて、集落を歩き、罠体験の後は、猟師料理を頂きました。
地元米のチヨニシキのご飯に、メインの猟師鍋(イノシシ肉と野菜)、手づくりの刺し身コンニャク、大根の漬け物、生姜の粕漬け、味噌のシソ巻き、鹿肉の薫製、スズメバチ、ヘボ、コンニャクのお胡桃和え、柿。写真には写っていませんが、原木椎茸の炭火焼きにバター炒めも絶品でした。どれも、地元の食材を自ら料理したモノばかりです。男の料理と言いながら、なかなか繊細な味付けです。驚きは、マムシの素焼きに焼酎漬け。素焼きは焼鳥の鶏皮の余分な油を落としたような香ばしい珍味で、なかなか美味しいです。
食後は清山荘の隣で飼われているロバと遊んで癒されました。


最後は、湯野島温泉に浸かり、地元の農産品も買って、大嵐駅で反省会。企画をしてくれた豊根村の地域おこし協力隊のユカちゃんがホームを走りながら見送ってくれました。

観光と言う切り口で「まちづくり」を考えるゼミならではの企画です。旅行会社ならこんな企画はしませんし、そもそも富山では採算が取れないと企画すらしないでしょう。
地域の人が、自分達の地域の資源をお宝として発掘したり、再認識したり、逆に当たり前だと思っている事が、旅人や訪問者に取っては新鮮だったり、楽しかったり。
受け入れて下さった“とみやま”の皆さんや地元猟師さん、企画や案内をして下さった設楽町の石井さんや豊根村の早川さんに、この場を借りてお礼を申し上げます。(西田)