第11回いなかとまちの文化祭で米の営みを体感!〜メインテーマは『田んぼは語る お米に感謝 山・川・田んぼ みんながつながる・自分とつながる』

10月30日、豊田市駅東口にある広場『とよしば』等で第11回いなかとまちの文化祭が開催されました。このイベントは、10年ほど前から豊田市内に住む有志が集まり、自分の暮らしに想いを寄せるきっかけとなること、田舎や都会に暮らす人たちが互いにつながるきっかけとなることを願い、山里の魅力紹介や自然と共にある暮らしの提案、田舎体験ができるイベントなどを行っています。おいでん・さんそんセンターのスタッフも、実行委員会の一員として取組を企画し、運営サポートをしています。

田んぼをテーマに脱穀・唐箕(とうみ)体験も

今年のテーマは『田んぼは語る お米に感謝 山・川・田んぼ みんながつながる・自分とつながる』です。水田への水の供給問題や、コロナ禍で人がつながる機会が減少するといった様々な社会状況から生まれたテーマでした。

『とよしば』には、大正の頃から使われていた足踏み脱穀機や唐箕、はざかけした稲が設置され、来場者は脱穀体験や唐箕体験を楽しんでいました。「初めてやった」という方も多い中、「懐かしい」といった声もありました。その他、児ノ口公園の田んぼで育った古代米を使ったもちつきの体験や怒田沢の五平餅、ジビエのソーセージなど山村地域の食材を使った飲食物の販売、森の素材を使った工作体験のほか、GAZA南広場でも多くの農産物や加工品を販売するテントが並んでいました。




ステージでは、旭地区を拠点に活動する合唱団の伸び伸びとした歌声や三味線の音が響き、演奏しながら会場を練り歩く「音ノ座社中」のパフォーマンスや、消防団活動を題材にした「消防ロッカーズ」の曲の披露などがありました。

また、文化祭のメインコンテンツである「いなかとまちのシンポジウム」では、野中慎吾さん(農業法人みどりの里)、宇角佳笑さん(Greenmaman)、鈴木辰吉さん(一般社団法人押井営農組合)、コーディネーターとして洲崎燈子さん(豊田市矢作川研究所)が登壇し、テーマについて話しました。全てを紙面の中で紹介することはできませんが、要点をまとめて掲載いたします。


シンポジウム、左から洲崎さん、野中さん、宇角さん、鈴木さん

米作りの営みについて改めて考える

洲崎 まず、このシンポジウムの趣旨について。お米は日本人の主食です。日本人は約3千年前、縄文時代の終わりごろからお米を作ってきました。田んぼは「お米を作る場」だけではありませんでした。田んぼとまわりの水路、ため池、土手や畔といった空間、そして田んぼに水を供給する川や、川の水を作る水源の森は、人が管理をし続けることで安全に保たれ、じつに多様な生き物を育んできました。

また、お米は他の作物と違って、みんなで力を合わせないと作れません。米作りは共同体の絆を守り、私たちのモノの考え方や文化・生活様式・社会のカタチの基盤になってきました。しかし私たち日本人のお米の消費量は、60年前の1962年をピークに減り続け、今では半分以下になっています。稲が植えられている作付面積も同様です。環境問題評論家の富山和子さんは「米作りが身近なものでなくなったために、日本の人々は水と緑と土は一体という、運命存続の基本事項を見失っている」と主張しています。

今日のシンポジウムでは特に、農薬や肥料を全く使わない自然栽培や、極力制限する特別栽培で思いを込めてお米を作られているみなさんをお招きし、お米の魅力と、お米作りがつなげる人と人や、人と生き物との結びつきについてお話しいただきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

野中 私はスーパーやまのぶの自社農園を運営しています。肥料も入れず、無農薬でお米、イチゴ、ブルーベリー、いろんな野菜を作ってきました。秋田で自然栽培をされている方の元で修行し、それを豊田に持ち帰って14年続けてきました。今は仲間も増えてきて、農福連携という形で障がい者さんたちと一緒に作って、面積をどんどん増やしています。

宇角 Green mamanは今から15年くらい前に、私含め4人のお母さんたちが、子どもたちに安全で安心して食べられるものを届けたいということで、直接農家さんたちとつながってマルシェを始めました。お米の農家さんから「無農薬のお米はなかなかできない、そんな大変なことをやる人はなかなかいない」と言われて、だったらちょっと自分たちでやってみるのもいいかなというところからお米作りを始めることになりました。やってみたら本当に楽しくて、じゃあ仲間を増やす仕組みを作ろうと考えていたところ、野中さんのみどりの里さんが企画を引き受けてくださり、みんなの田んぼが実現しました。

鈴木 押井営農組合は米を作って生産者と消費者が直接つながる『自給家族』という取組をやっています。安心で美味しく、付加価値の高いコメを作ろうと、特別栽培米と言って、化学肥料と農薬を慣行栽培(普通の栽培方法)の1/2に減らすやり方で、お米を作っています。

害虫や鳥に強い自然栽培

洲崎 自然栽培の田んぼについて野中さん教えてください。

野中
 ある企業の環境生き物調査で、有機栽培、自然栽培、慣行栽培、耕作放棄地を比較したら、自然栽培の微生物系がものすごく多かった。何かを投入しなくても、作物を作れる環境はできているとわかりました。人間が生態系の中にうまく組み込まれる状態がいいなぁと思っていましたが、自然栽培でならそれが叶うな、というのを実感しました。

洲崎 病気や害虫にも強いという話も聞きましたが。

野中 2年ほど前にウンカという虫の被害がひどかった時に、自然栽培の田んぼだけ無害だった。スズメもあまり来ない。ブルーベリーも作っているが、防鳥ネットをしていなくても最後まで収穫できる。病害虫や動物が肥料の方を好んで食べていて、人間は無肥料の方を美味しいと思う、ということがだいぶわかってきました。
洲崎 すごいですね!そんなみどりの里と一緒に、Green mamanのみなさんがお米を作るようになって、米作りの魅力に取りつかれたというお話を聴いています。

田んぼの営み自体が楽しい

宇角 2014年の初年度は参加者25人ほどだったと思います。そこから増減ありつつ野中さんのところでお世話になりましたが、猛暑が続くようになり、3年間お米が採れませんでした。私たちはコメの採れ高ではなくて、田んぼの営み自体が楽しくてやっていましたが、心を痛めた野中さんから「卒業してください」と言われて。その時にそれでもやりたいと言った15名くらいのメンバーで、真夏の除草作業でも、運動部の部活のようにやっています。

稲は、イノチノネ。「命の根っこ」なんですよ。米は「ヨネ」って読めて、「世の根っこ」でもある。要するに私たちは米作りをしながら、関係性を作ってきたんです。米だけが得られる喜びではなくて、その仲間のネットワークを私たちは命の源の部分から欲しているんじゃないかなと思っています。それが、3年間米ができなくてもやりたいっていう人たちの想いにつながっているんじゃないかなと思っています。

洲崎 お米ができなくても作り続ける宇角さんたちの姿を見て、鈴木さんが自給家族を思いついたと伺いました。

「生きるために作る」というDNA

鈴木 名古屋大学の高野雅夫教授が人口シミュレーションというソフトを開発されて、私の集落をそれに当てはめると、何もしなければ50年後に消滅すると出ました。押井の集落には縄文晩期、ちょうど3千年前の遺跡が3か所もあります。3千年の間、感染症とか、戦乱の世とか、きっといろいろあったにも関わらず、ずっと集落は続いてきたのに、この50年くらいの社会の変化で消滅すると予想されてしまいました。続いてきた時代と今と何が違うのかというと、自給自足の暮らしなんですね。「生きるために作って食べるということをずっと繰り返していれば、地域というのは続いていくのではないか」と考えていたときに、Green mamanのことを思い出しました。

Greenmamanのお米は押井のライスセンターで乾燥調製しているので、収穫量が少なかったり、ゼロの年もあったことを知っていますが、それでも辞めない。これはおそらく、3千年続いてきた「生きるために作って食べる」という当たり前の行為、その名残というかDNAが田舎に住んでいない彼女たちにも宿っているのかなと思って、「自給家族」という、田んぼを持っていない都会住民と一緒に自給するというスタイルにこだわった取組を始めました。

最初50家族からスタートして3年間で現在100家族。何もしなければ荒れてしまうはずだった田んぼ30反(3ha)が100家族によって守られているという状態になっています。

洲崎 お米と田んぼが、生き物のバランスを守り、作る人たちの間に強い絆を生み、まちと田舎をつないで両方が幸せになれる関係性を作っていく、すごい存在なんだなと今日改めて思うことができました。みんなもっともっとお米を食べて、田んぼを守って、この素敵な流域を守っていきましょう。
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 普段口にするお米一粒が作られる過程には、田んぼを守ってきた先人たちを含め、様々な人が関わっていることを参加者と共有できた文化祭でした。私たちが変わらずお米を食べることができる未来へ、つながりが広がり続ける希望を感じました。(田中敦子)